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(2019年11月4日開催)「人と人との境界を問う—ダムタイプ《S/N》上映&トーク」
【報告】九州大学ソーシャルアートラボ シリーズ「アートと社会包摂」
photo : Akiko Tominaga
今回の講座は、1990年代に国内外でセンセーションを巻き起こしたダムタイプのパフォーマンス《S/N》を通して、「アートと社会包摂」の意味を問いなおし、社会課題を扱う芸術の可能性や作品の関係者としての向き合い方を考える機会としました。参加者は164名で、福岡近郊や九州各地にお住まいの方のみならず、広島県や京都府・奈良県からお越しいただいた方もいらっしゃいました。
講座はまず、ダムタイプの背景や今回上映する記録映像について、作品に出演したブブ・ド・ラ・マドレーヌさん(アーティスト)から、本学教員の中村美亜がお話を伺いました。1980年代のHIV感染者とAIDS発症者は、完治しない病気として恐れられ、未知の病がゆえに差別や偏見を受けていました。そして、ダムタイプのメンバーの一人がその当事者となり、ダムタイプのメンバーにとっても他人事ではなくなり、それぞれの表現にも変化が起きていったことなど、映像からは知りえない出来事が伺えました。
その後少しの休憩をはさみ、85分の記録映像《S/N》の上映をしました。サウンド・オペレーションは、《S/N》の公演当時に作品の音楽を担当されていた山中透さん(作曲家、プロデューサー、DJ)が行いました。音源が繊細にイコライジングされていたので、参加者は音に込められたメッセージもダイレクトに感じることができたと思います。
10分程度の休憩を取ったのち、中村美亜が聞き手となって、制作に関わったブブ・ド・ラ・マドレーヌさんと山中透さんから、《S/N》の制作や表現についてお話しを伺いました。《S/N》のように社会課題を扱ったアート作品をつくるには、対話が必要で時間がかかったこと、アーティストは社会に表現を通して問いを発することしかできないが、それに触発された人たちが自分の得意分野で活動を始め、それが少しずつ広がり社会が変わっていったことなど、当時の貴重なエピソードをたくさん伺うことができました。
またブブさんと山中さんは、「本当の当事者にはなれないから、時間をかけて話し合うが、それでも何をどうすればいいのか分からない部分もある。わからないまま過ごしていても、数年後改めて作品を観ると分かることがある。」と話され、「今でも自分たちに影響を与え続けている作品である。」と語っていました。
終了後、以前ご覧いただいたことがある参加者からは、「当時はわからなかったが今日わかった」や、「当時公演を観て受けた衝撃が、映像を見ながらよみがえってきて、涙が出てきて止まらなかった。とても不思議な感情だった」というご意見をいただきました。また、初めてご覧になった参加者からは「知らない内容も多く、衝撃的で理解できない部分も多かった」や「AIDSやHIVのことを全く知らなかったし、差別されていたことも知らなかったが、他の病気や障害など当てはまることは今でもたくさんあるなと思った。」というご意見をいただきました。《S/N》が今回参加いただいた方々に衝撃や気づきを与えたことは確かなようでした。
今回クローズアップした《S/N》という作品は、自分自身を正直に表現することで、社会に鋭い問いを投げかけるのもでした。そしてその問いが、観る人の心へより直接的に届き、より強い印象として残るように、表現方法は常に模索され続けていました。その結果、作品を観た人にとって、いつまでも自分の問いとして、心に残るものになっていたように思います。ただし、その突きつけられた問いに対する受け止め方や答えは、人それぞれ違うかも知れません。すぐに受け止めることができた人は自分で行動を起こし、すぐに受け止められない人や答えが見つからない人は頭のどこか片隅に抱えて過ごすでしょう。そのような「わからない」状態も含めて、アート作品によって衝撃的にもたらされた気づきは、社会課題を自分事として考え始める第一歩になったのではないでしょうか。
(文責:眞﨑 一美)