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(2019年12月4日開催)「アートで豊かになる団地」

2019.12.18

【報告】九州大学ソーシャルアートラボ シリーズ「アートと社会包摂」

photo : Akiko Tominaga
 
 

 2019年12月4日に九州大学大橋キャンパスデザインコモンにて公開講座「アートで豊かになる団地」を開催しました。日本の高度経済成長期の住宅需要に応えるために多くの「団地」が生まれてきました。40年以上経過した団地も多く、どのように再生、再整備していくかが大きな課題となっています。今回の講座では、茨城県取手市で「アートのある団地」というプロジェクトのコーディネートをされている羽原康恵さんをゲストに迎え、団地とアートの関わりについて考えました。
講座は、まず九州大学の田上健一先生より、日本の団地の現状や、福岡の団地事情についてのお話がありました。継続して福岡の団地調査を実施している田上先生は、団地には現在、住民の高齢化と建物自体の老朽化という「二つの老い」や、住民から団地の将来像に関する「合意を取ることの難しさ」という課題があり、コミュニティの維持・構築が重要になっていると指摘しました。
 続いてゲストの羽原さんから、「アートのある団地」事業を運営している取手アートプロジェクト(以下TAPと記述)の成立について話がありました。1999年、取手市に東京藝術大学の先端芸術表現科が設置されたのを契機に、取手市、東京芸術大学、取手市民の三者が手を組み、TAPの活動がはじまります。1999年からは2009年までは、秋に開催されるフェスティバル型で事業が展開していましたが、2010年より通年型のプロジェクト型の事業へと移行していきます。その中で、二つの中心的な事業(コアプログラム)が生まれたのですが、その一つが「アートのある団地」事業でした。この変化の背景には、日本各地でフェスティバル型のプロジェクトが勃興していたことがありました。今後の方向性を決める議論の中で「取手でしかやれないプロジェクトをしよう」という話になり、通年型のプロジェクトが始まりました。
 取手市は東京の郊外都市で、伊野団地と戸頭団地という二つの大きな団地があります。フェスティバル型の事業展開をしている時も、伊野団地でアーティストのレジデンスや作品を実施していましたが、2010にはじまった「アートのある団地」事業で多世代交流型拠点「いこいーの+Tappino」というスペースが設立されました(自治会・民生委員・ボランティア・NPO 法人TAPオフィスが共同で運営)。
 そこでは、個人の「得意技」を貨幣に見立て、貯金したり引き出すことができる「とくいの銀行」、また2人の宿泊客のために様々なおもてなしをする「SUN SELF HOTEL」等のユニークなプロジェクトが展開しました。プロジェクトに参加した団地の住民たちは自分の得意技や知恵を出し合いながら、相互の新しい関係性を構築していきました。また、「リカちゃん」「ハウスちゃん」という漫画キャラクターが団地を舞台に躍動する「リカちゃんハウスちゃん」では、団地の掲示板に4コマ漫画が貼られるところからスタートしました。そして、アーティストが団地住民から聞いた話が次々と展開していき、最終的には団地を超え、近くの小学校を巻き込んだ物語になります。また、アートに特化した事業だけではなくこども食堂や、哲学カフェ、人材育成講座なども行なっています。
 後半では、本学教員の中村美亜が司会となり、田上先生、羽原さんとのクローストークを行いました。TAPの資金調達や運営の仕方、団地の住民との関係性の持ち方などについて対話がされ、「アートのある団地」事業が団地住民との関係性を丁寧に育みながら、事業を進めていることがわかりました。
フロアを交えた質疑では、「アートが地域社会の中でどのくらい力を発揮できるのか?」「アートを切り口にしなければいけないのか?」という問題も提起され、講座のテーマである「アートと社会包摂」に関する本質的な議論にも話が及びました。「参加者がプロジェクトに関わった時に、自分の中の感覚が広がったという実感を持つことや、想像力を得る機会になることが重要だと思っている」という羽原さんの最後の言葉がとても印象的でした。
(文責:藤原旅人)