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【報告】黒川復興ガーデンとバイオアート ー 英彦山修験道と禅に習う ー(2018年10月26日-11月10日開催)

2018.11.11

九州大学ソーシャルアートラボ実践講座 シリーズ「アートと社会包摂」

 九州大学ソーシャルアートラボでは2018年度から、九州北部豪雨災害復興支援プロジェクト「黒川復興ガーデンとバイオアート − 英彦山修験道と禅に習う −」を展開しています。
 この活動は、2017年に発生した九州北部豪雨の被災地の方々や環境に寄り添い、復興に寄与することを目指し、朝倉市黒川にある「共星の里(廃校利用の美術館)」の野外スペースに復興ガーデンを制作するプロジェクトです。一般公募に応募いただいた参加者(受講生)に「復興の庭 創造」のアイディアを出してもらいながら進めていく実践講座の形を取っており、できあがる庭園(形としての成果物)もさることながら、「できあがっていくまでのプロセスで、受講生が何を学ぶか」という人材育成の側面を重要視しています。

「復興の庭 創造のための学びと実践」(10月26日)

 10月26日、朝倉市の「共星の里 黒川INN美術館」にて、実践講座「復興の庭 創造のための学びと実践」を行いました。
 「復興ガーデンをつくろう」というプロジェクトではありますが、受講生として参加している皆さんは造園のプロではありません。そこでまず午前中は、庭園デザイナーとして国内外から高く評価されている枡野俊明先生(曹洞宗徳雄山建功寺住職、多摩美術大学教授)による「禅の庭の根本概念」についての講演会が行われました。
 ご講演では、西洋と日本との美意識の違いについて、庭園、建築、陶磁器、絵画などの事例を通して説明いただきました。また、庭園づくりで石を使うに当たっての知識を教えていただきました。
 そのご講演内容の文字起こしを、枡野先生のご承諾を得て公開させて頂けることになりましたので、詳しい内容を知りたいかたはぜひ御覧ください。枡野先生の御厚意に御礼申し上げます。

講演内容リンク:http://www.design.kyushu-u.ac.jp/~tomotari/MasunoLecture2018.10.26.pdf

   午後のワークショップは、朝倉市杷木(はき)の円清寺の住職・渕上良仙先生に指導いただきながら、4つのグループに分かれて庭づくりのアイディアを出し合いました。
 各グループは小雨のそぼ降る中、共星の里の野外スペースの岩々を観察し、手で感触を確かめながら、この岩をどう生かすかを語り合っていました。これらの岩は2017年の豪雨で上流から流れ着いたものです。
 各グループ内でディスカッションが進む中で、
「この共星の里の周辺の集落は、豪雨の前と後とで、居住世帯数はどう変わったのだろう? 今、何世帯が住んでらっしゃるのだろう?」
「仮設住宅の滞在期限が2019年の夏で切れると聞いているが、その後、どれだけの世帯がこの集落へ戻って来られるだろう?」
 など、受講生の皆さんが被災地の状況について主体的に尋ねたり調べたりする姿が見られました。そして、
「故郷に住みたくても住めない方々が、時々でもここへ戻って来て心を癒すことができたり、離れていても繋がりを感じられたりするには、どうしたら良いだろう? そのために、この庭園を生かせないだろうか?」
 と模索し、被災地でアート活動を実施する意義を探求していました。
 そうやって生まれた庭づくりアイディアを模造紙に描き、一人一人の思いを表現してもらいました。
「子供たちが遊べる空間を作る」
「地形に起伏を与える」
「水を引いて流れをつくり、近隣の人が気軽に畑の芋を洗う等で立ち寄れるようなコミュニケーションの場にする」
「上空から見ると『心』の字の形になるよう岩を並べ、あえて一箇所だけ不安定な岩を残して防災意識をつなぐための教訓とする」
 など、豪雨で被災された方々への祈りの気持ちを込めた思いが、各グループから発表されました。

「復興支援のためのアートの企画提案・ブレインストーミング」(11月10日)

 共星の里での講演会・ワークショップから約2週間後の11月10日、九州大学大橋キャンパス内の「デザインコモン」にて、引き続き「復興支援のためのアートの企画提案・ブレインストーミング」が行われました。

   この日は最初に、当プロジェクトの担当教員である知足美加子准教授から「アートプロジェクトに先立つ関係づくり とカウンターパートの重要性」について講義がありました。
 さらに、共星の里の柳和暢さん・尾藤悦子さん、杉岡製材所の杉岡世邦さんから「自分にとっての復興と未来のビジョン」を話していただきました。
 その後、4つのグループに分かれて、庭園の利用法を考える企画提案・ブレインストーミングの時間。10月26日のワークショップからの継続参加者に加え、この日からの新しい顔ぶれの参加者も一緒に
「作った庭園へ、どのような人に来てもらいたいか? 庭園をどのように使いたいか?」
 のアイディアを出し合いました。各グループから
「水を引いてホタルが飛ぶ環境を作り、夜も訪れることが可能な場にする」
「岩の配置を固定せず動かせるようにしておき、来るたびに景色の違う庭園にして、スペインのサグラダファミリアのように『未完』の魅力を楽しんでもらう」
「桃の樹を植えて、樹木の成長も楽しめるようにする」
「災害で黒川地区に住めなくなった人が時々戻って来て、懐かしさに触れられるような庭園に」
 などのアイディアが出て、共星の里の柳さん・尾藤さんも喜んでおられました。


 柳さんから
「岩を残しておくことによって、岩を見た人たちに『こんな大きな岩が流されてきたんだ』と、岩を押し流した水の力の凄さを想像してもらうことができる。共星の里の上流に砂防ダムが建設される予定だが、その建設工事用の道を残して遊歩道にし、上流の大きな岩を見に行けるようにしたい。共星の里を訪れる人たちが庭園を散策したり上流の大きな岩を見て、歴史、地質学、そしてアートを感じたり学んだりして、帰ってからまた誰かにそのことを話してもらえたら。」


 尾藤さんから
「自分と向き合える場所。ニュートラルな気持ちで、ちょっと上から自分を見つめられる、大観できる場所。そういう時間を過ごして、来た人がそれぞれ心に何かを持ち帰れる。庭園が、そんな場所になってほしい。」
 とお話をいただきました。


 杉岡さんからは
「知足先生が流木を彫って作った彫刻の『朝倉龍』は、流木のままの姿では、おどろおどろしくて怖いものだった。それを龍の姿に変えたことで、寄贈先の杷木小学校の子供たちに『この龍は僕たちの守り神だ』と喜んでもらえた。また、流木をしおりにすることで、『いい香り、いい手触り』と喜んでもらえる物に生まれ変わっている。」
 と、木材の専門家の立場から、被災地でのアート活動の意義を語っていただきました。

2018年10月26日-11月10日 報告動画 撮影・制作: 園田裕美

 今年度の振り返りと来年度に向けて

 2018年度は、7月1日の現地視察研修、10月26日の枡野先生講演会・ワークショップ、11月10日のブレインストーミングと、計三回の実践講座を重ねてまいりました。
 その成果として、参加者の皆さんの姿を見ながら感じたことをまとめますと、
 まず最も心を打たれたのは「参加者の皆さんの意欲と熱意」です。豪雨の被災地域の出身で「故郷のために、何か行動したい」という人も多かったのはもちろんの事、それ以外の地域出身の皆さんも、本当に真剣な眼差しで参加されていました。この方々は、きっと後々まで黒川の地を「第二のふるさと」と愛するようになっていくに違いない、と確信しました。
 そして、「参加者から出される庭園づくりアイディアの内容の良さ」も、特筆すべきポイントでした。決して自己満足や机上の空論に陥ることなく、「この庭園にどんな人が来て、どのように喜んでもらえるか」を明確にイメージしながら話し合えたからだと思います。

 来年度(2019年度)は、いよいよ庭園づくりが具体的に動き始める予定です。これまで出された様々なアイディアが、大きな原動力となるでしょう。今後重要になってくるポイントとしては
「出てきたアイディアを実現するためには、どんな人の力が必要か?」
「庭園が完成したら、そこを生かして、どんな人が、どのような芸術活動をし得るか?」
 という連携(コーディネート)面です。当プロジェクトは、そうしたコーディネートを受講生が実践的に学んでもらうことも目的としています。

 今後も、当プロジェクトを通して、復興支援に関心を持たれる方々が多く現れていただけたら幸いです。

写真:長野聡史
文責:九州大学ソーシャルアートラボ テクニカルスタッフ 白水祐樹

2018年7月1日開催 プレ企画「復興支援のための現地視察研修」ウェブ報告書

2018年7月1日 報告動画 撮影・制作: 西村翼