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【報告】奥八女芸農学校「茶山の縁に学ぶ」(2020年9月9日-30日開催)

2020.10.1

「唄って踊って味わう八女茶山@彼岸花美しい棚田」主催:NPO法人山村塾

2015年より認定NPO法人山村塾と協働で八女市黒木町笠原地区をフィールドに「農的生活を考える」ことを目的に開催してきた本講座は、国際ワークキャンプと短期合宿で農作業とアート活動を行う「半農半アート」を通して「農的生活」への理解を深めてきました。今年度は新型コロナウィルス感染症の感染拡大防止の観点から対面の機会を最小限に抑え、これまでの講座のエッセンスを生かしつつ新たな実施方法を模索しました。

例年は2、3泊の短期滞在型でしたが、今年度は9月9日、16日、21日、30日の4日に分けて講座を実施しました。9日、16日、30日はオンライン講座で、21日は現地での対面講座とオンライン講座を同時に開催しました。講師・武田力さんは8月24日~10月12日まで現地に滞在し、住民の皆さんとの交流やワークキャンプメンバーの皆さんと共に生活しながら農作業とアート活動をしました。それらを通して得られた気づきを演出として「茶山だより」をリーフレットに印刷し、現地の農産物等と共に毎週受講生のもとに郵送しました。また、SNSやオンラインパーティアプリの活用などを通して、受講生同士や講師との交流を深めました。開催方法が変わっても「奥八女芸農学校」がこれまで探求してきた「農的生活」への姿勢は変わりません。方法が変化した分、新たな気づきがもたらされたように思われます。

えがおの森でワークキャンプのオリエンテーションをする講師の武田力さん
受講生のもとに届いた「茶山だより」と八女の土、お米、お茶

受講生は農業や街づくり、アートマネジメントに関心をもつ15名が全国から集まりました。また、山村塾主催のワークキャンプに参加した日本人の皆さん5名にもご参加いただきました。講師は、昨年に引き続き武田力(民俗芸農アーカイバー・演出家)、小森耕太(特定認定NPO法人山村塾理事長)に務めていただき、本学教員の朝廣和夫(九州大学大学院芸術工学研究院准教授・緑地保全学)、長津結一郎(九州大学大学院芸術工学研究院助教・アートマネジメント)、村谷つかさ(九州大学ソーシャルアートラボ学術研究員・デザイン学)も講師を行いました。

◎9月9日(水)19:00-20:30 第1回オンラインワークショップ

第1回講座は通常より30分早く開始し、受講生の皆さんを一人ずつお迎えしました。本学教員の長津より、Zoomの設定や操作に関しての簡単なガイダンス、ソーシャルアートラボの紹介、奥八女芸農学校の実施の経緯が紹介されました。

続いて、講師の武田さんのファシリテーションで、受講生の皆さんの自己紹介がありました。宮城県、東京都、大阪府、福岡県、鹿児島県と全国各地からご参加いただきました。

全国各地から集まった受講生の皆様と講師陣

次に講師の武田さんから「土」の贈り物を4週間育てることの意味についてお話がありました。受講生の皆さんのもとには講座の前に現地の田んぼの「土」と、講師の武田さんによる「茶山だより1週め「土を育てる」」が届いていました。(写真参照)土をどんな場所で育てるのか、育てるとはどういう意味があるのか、考えを共有できない土と向き合うことは広い意味での「他者」をどう想像するかにつながる、などの言葉が書かれていました。他者を想像し、関心をもち、創造に導くという「土を育てる」視点は、アートマネジメントにおいても他者・社会とつながる重要な視点というお話もありました。

その後、講師の武田さんが聞き手になり、受講生の皆さん一人一人に「普段どういうことをやっているのか」、「土をどう育てているのか」お話を伺いました。

受講生の皆さんの「土」の育て方は多彩で、一つとして同じ方法はとしてありませんでした。「庭にまこうと思った」「クラシックを聴かせている」などの回答もありました。また、「そもそも“育つ”と“育てる”って違う」「子育てに通じるものがある」といったご意見もあり、「土の育て方」の話を通して参加者の皆さんの多様な背景や考え方が垣間見られました。

講師と受講生のSNSグループに投稿された写真(Photo:原田健二)

最後に、講座終了後のパーティ・アプリを用いた交流会と、Facebookグループのご案内がありました。1時間半のオンライン講座では難しい相互交流を補完することが目的です。交流会では、講師と受講生が入り混じって自由な交流が起こっていました。

講座後の受講生の皆さんの感想では、現地から物品を郵送することに関して面白い、わくわく感があるなどのご意見や、「土」に関して意識がいくようになった、五感で確かめて観察するようになったというご意見をいただきました。4週間で皆さんの土がどう変化していくのか運営側も非常に楽しみになりました。

◎9月16日(水)19:00-20:30 第2回オンラインワークショップ

はじめに講師の小森さんから八女市黒木町笠原地区と山村塾の活動内容についてスライドを使って説明がありました。笠原地区の棚田・茶山・集落の風景やお茶栽培や稲作などの生業が、8年前の九州北部豪雨の被災(土砂崩れや土石流による棚田や茶畑への被害)によって大きく変化します。災害後の離村や離農による人口減少、耕作放棄地の増加という課題をうけて笠原復興プロジェクト、笠原棚田米プロジェクトがスタートしました。現在、山村塾は荒れた棚田の景観を山羊の放牧とボランティアで守る活動、家族で参加することのできるイベント、障害者福祉施設や企業との協働など幅広くご活動されているそうです。

講師・小森さんによる笠原地区における山村塾の取組の紹介

次に、今年度のワークキャンプメンバーが作成したTikTokの動画を通して、山村塾の拠点で元・小学校校舎を改装した合宿・研修施設「えがおの森」の生活について紹介がありました。例年ワークキャンプは海外からの参加者を受け入れていますが、今年度は渡航制限があり全員国内からの参加者です。やる気あるフレッシュなメンバー4名(後日+1名)がらっきょう植えや草刈りなどの農作業、火起こしや山羊のお散歩などの日常生活にポップな音楽をのせた動画で、斬新な視点から農的生活を紹介しました。講師も受講生も笑顔になりました。是非リンクで一度動画を見ていただきたいです。(TikTokリンク:https://www.tiktok.com/@yamechayama

その後、ワークキャンプメンバーの遠山さんから講師の小森さんにインタビューを行いました。質問内容は笠原地区でワークキャンプ×アートを始めたきっかけや九州北部豪雨後の復旧活動のあり方、講師・小森が笠原に移住を決めたきっかけや農家に対するイメージなどでした。遠山さんの率直な質問を通して、講師の小森さんの農業や地域に対する思い、アートを通して地域外の様々な人が現地と関わる可能性など、「地域の未来」を創っていこうとする熱意が伝わりました。

受講生の皆さんはチャットを使って多くの質問やコメントを寄せていただき随時、講師の武田さんが取り上げました。福岡市内から笠原地区に移り住んで20年の講師・小森の視点、初めて農作業や笠原地区と出会ったワークキャンプメンバーの視点、受講生の皆さんの視点が、講師の武田さんのファシリテーションによって立体的に浮かび上がりました。

講師の武田さんが茶山だよりの「お米」を「お金」の置き換えて朗読

最後に講師の武田さんから受講生へ送付した「茶山だより2週め 米で想像する」を手掛かりにディスカッションを行いました。「茶山だより」は笠原地区の生活や農家の皆さんへの聞き取りなどと世界で起こっていることを関連付けて抽象的に書かれています。米とそれをとりまく多様な生物や目に見えない祈りとの循環的な関係性、米から生まれる芸能や祭り、儀式、それらを通して人間の思考や生き方がどう変わってきたのかなど、講師の武田さんの幅広い視点を通して受講生の想像力を引き出すお話がありました。

さらに講師の武田さんが茶山だよりの文章の「米」を「金」に換え、朗読しました。「米」を現代の我々の生活と密接につながる「金」に読み替えることで、「米」「金」のそれぞれの性質の違いが引き立ちました。加えて、「米」にとっての「土」とは、「金」の場合は何に当たるかという問いもありました。安易な正解に飛びつきがちな社会の中で、答えのない問いに向き合うのがアートなのかもしれません。受講生の皆さんは「金は手段で米は目的」「米を育てられる肥沃な土地=お金?」など想像力を膨らませていました。

◎9月21日(月・祝)10:00-12:00 第3回現地&オンラインワークショップ

ワークキャンプメンバーがお茶農家の宮園さんへインタビューした

受講生のもとには「八女の里山茶」と「第3週め 茶山だより」が届いています。当日、現地には5名の受講生が集まり、10名の受講生はオンラインで参加されました。

はじめに、ワークキャンプメンバー3名がお茶農家で山村塾の前・理事長の宮園福夫さんへインタビューしました。インタビュアーのワークキャンプメンバーは宮園さんの娘さんと同年代の大学4年生の吉田さん、牧瀬さん、伊賀さんです。質問内容は八女茶の特徴や、ペットボトルのお茶が八女茶づくりに与えた影響、コロナ感染症拡大後のお茶づくりへの影響、後継者問題、今後の八女茶の展開などでした。宮園さんには生産者の視点から貴重なご意見をいただきました。印象深かったのは、ペットボトルのお茶の普及後、鮮やかなグリーンで甘みのあるお茶が求められるようになったというお話です。その後受講生から、お茶の流通経路や品種改良、在来種や海外販売など様々な質問がありました。また、「茶摘みに参加したい」「黄色みがかって、濃い甘渋みのある八女茶の特性を生かすには。」など、当事者の視点に寄り添いお茶のことを考える受講生の皆さんの姿が見られました。

次に講師の武田さんより「茶山だより3週め 茶でつなぐ」の意図や背景について説明がありました。「茶山だより」の一段落は手作業で茶もみをする時にかつて歌った「茶山唄」の一節が引用されました。講師の武田さんは、昨年茶もみをしていた現地の人々に聞き取りを行い、それをもとに八女茶山おどりを作りました。また、茶道で大事にされる「不完全なもの」をどう大事にしていくか、武田は、不完全なものに個性や文化が宿るのではないかと考え、それをどう認識できるか、不完全なものを「余白」「可能性」として捉えることでアートや芸能と共に語ることができるのではないかと語りました。

現地(手前)とオンライン(左後)でディスカッションした

そして、前回十分に議論できなかった米を金に言い換えた場合、「お金にとっての土」とは何か、4人グループで30分間ディスカッションし、その後全体で議論のプロセスを共有しました。受講生の皆さんからは、普段考えないテーマを与えられ「自分の価値観の問い直し」につながったというご感想をいただきました。

当日の午後には山村塾主催「唄って踊って味わう八女茶山@彼岸花美しい棚田」があり、現地にいらした受講生の皆さんが参加しました。講師は午前に引き続き武田さんと八女市観光大使の馬場美雅さんに務めていただきました。棚田と彼岸花を背景に、八女茶山唄と茶山踊りを練習し発表した光景は非常に美しかったです。発表の様子はYouTubeで配信されました。その後八女茶の試飲会も行われ、笠原名物「栗団子」と共に美味しくいただきました。(YouTubeリンク:https://www.youtube.com/watch?v=gaX58sBbDCQ

◎9月30日(水)19:00-20:30 第4回オンラインワークショップ

受講生のもとには現地でつくった「らっきょう」と「茶山だより4週め 土を継ぐ」が届いています。

 前半は講師の村谷つかささんのファシリテーションでこれまでのワークショップの振り返りを行いました。村谷さんから本講座が目指してきたことについて説明があった後、受講生の皆さんが1分間目を閉じてこれまでのワークショップで印象的だったことを思い浮かべました。次に、3〜4名の4グループを作り、グループ内で感想を共有しました。その後、グループ毎に話し合ったことを全体で発表しました。発表の方法は自由だったので、ジェスチャー、イラスト、言葉などグループ毎に様々で、受講生の皆さんの豊かな学びの一面が垣間見られました。

ワークショップで印象的だったことをイラストで発表する受講生の皆さん

次に講師の朝廣和夫先生から「土は、どう形成され、森は、どう拓かれたか」というタイトルでお話をいただきました。里地・里山は農林水産物の生産だけでなく、生活文化の伝承など多面的な役割を果たしてきました。しかし、近代化による生産重視の農林業は様々な弊害が起こってきました。適度に手を入れることで環境価値を高めていくには、観光、ボランティア、教育、福祉、アートなどとの関わりが重要になるそうです。受講生の皆さんは土や里地・里山について考えることを通して、100年以上の長いスパンで考えるという視点やコミュニティ作りや人の多様性へと想像を膨らませていました。

最後に講師の武田さんより「土を継ぐ、還す」というまとめのお話がありました。「茶山だより4周め 土を継ぐ」には「何かにとって都合の悪い隣人」「強者」という言葉が出てきます。武田さんは「強者」は「「弱者」を想像できない、「そもそも関心を持たない人」であるとおっしゃいました。アートは「弱者」に想像、関心をもち、光を当てていく、クリエイティブな方向に持っていくことだと考えているそうです。最後に、今後もどのように土と関係をもち、育て、循環させていくか、受講生の皆さんに託されました。武田さんの最後の問いに答えるように受講生の皆さんの土育ては継続されています。

講座終了から約1ヶ月半後の受講生の「土」(Photo:松井美那子)

「モノを作るだけがアートではない」ある日の打ち合わせで講師の小森さんがおっしゃった言葉です。確かに、今年度の奥八女芸農学校は目に見える新しい作品を残したり、派手な成果を生んだりしていません。講師の話を聞き、土を育て、話し合うというプロセスは一見すると「アート」らしくない取組に見えます。受講生の皆さんの感想にも「アートってなんだろう?」という問いが繰り返し現れています。ではこの講座はなんだったのでしょうか?講座終了後に振り返ってみると、講座をきっかけとした豊かな出来事の連鎖に気づかされます。講座の受講生によるS N Sには、土育て日記や受講生のパフォーマンスといった写真・動画、講座中の話題と関連するウェブサイトのリンクなどが掲載されています。それらの投稿は講座終了後も継続しています。また、スタッフである自身の行動を振り返ってみても、土育てをきっかけに生ゴミから堆肥をつくるコンポストを自宅のベランダで始めました。講座を通して受講生の皆さんの日常生活に新たな気づきや行動を生み出すものであったのは確かなようです。それはまだ小さな変化かもしれませんが、後から振り返ってみると驚くほど大きな変化になるのだろうという予感があります。

(文:梶原千恵)