現代神楽「甕の音なひ」

〜醗酵の響きのなかに「カミの声」がきこえてくる~

藤枝守

 

「歌ひつつ 醸みけれかも 舞ひつつ 醸みけれかも」と古事記のなかに歌われている「酒楽(さけくら)」の歌。酒をつくるときの楽しさが伝わってきます。「醸す」とは、麹カビによる醗酵のこと。酒を生みだすこのような微生物の生命の営みを、古代人は「カミ」の仕業と考えていたのかもしれません。酒は「カミ」への供物として、あるいは「カミ」と交感する媒体として、人間の生活のなかで欠かすことのできない存在となりました。

 酒造りの源である「醗酵」は、その代謝エネルギーの過程においてどのような響きを発しているのだろう。九州の焼酎蔵元の方々と出会う機会があり、そのような醗酵の響きをきいてみようというアイデアが浮かんできました。そして、蔵元の方々の協力のもと、じっさいに醪(もろみ)を湛えた甕やタンクの奥深いところに特別な養生をほどこした水中マイクを沈めてみたのです。すると、湧き立つような醗酵の響きがきこえてきました。身体のなかにまで浸透してくるようなその響きは、微生物の息吹ともいえる炭酸ガスの排出にともなうものですが、甕のなかにじっとひそんでいたカミが語りかけているようでした。

 「おとづれ(音連れ)」とは、カミが現れてくるときの音の気配のことだそうです。そして、聴き逃してしまいそうなこのような微かな音のことは「音なひ」と呼ばれています。漢字学者の白川静によると、漢字をかたちづくる字形のひとつの (サイ)は、祝詞を入れる器のことを指し、その器のなかから「音なひ」がきこえてくるといわれています。 とみたてた「甕」の奥深いところから発せられる「音なひ」としての醗酵の響き。「甕の音なひ」とは、このような象徴的な意味合いから生まれた現代の神楽です。

 甕のなかの「音なひ」としての醗酵の響きを呼び出し、迎えるために「阿知女(アチメ)」や「磯良(イソラ)」、「月読(ツクヨミ)」などの神話にまつわる歌や舞などの演目が執り行われていくなかで、能舞台の下の甕から、そして、五色の水引が結ばれた甕から「音なひ」がきこえてきます。

焼酎の発酵音響による現代神楽 甕の音なひ    Kame no Otonahi  A Japanese sacred composition featuring the acoustics of shochu fermentation

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