制作風景

制作風景

織機の「ふるえ」収録風景

撮影・編集:園田裕美

織機の「ふるえ」

創作ノート「すべては、機音からはじまる」藤枝守

初めて博多織の工房を訪ねたときのことでした。「トーン、ト、トントン」と織機の音が部屋全体に鳴り響き、最初は、騒がしく感じられました。しかしながら、しばらくその音に聴き入っていると、なぜが自らの呼吸の間合いがその機音にシンクロし始め、静かに揺られているような気がしてきたのです。

そもそも、なぜ博多織に興味を抱くようになったかというと、それは、偶発的なことでした。あるとき、学生の池永照美さんが僕の研究室を訪問され、いきなり「博多織の音に興味ありませんか」との質問。池永さんは、僕が焼酎の蔵元で醗酵音を収録しているという新聞記事を読んだそうで、織りの音がもつ可能性を問いかけたのでした。じつは、その少しまえ、ピアニストの寒川晶子さんに会ったときに、寒川さんが「いま、織物の音に興味があるんです。京都育ちで、織りの音を身近に聞いていたんです。ピアノと織機って少し似てますし、なにか織りの音を使ってできないかな」と語ったことを思い出しました。そのような経緯もあり、すんなり池永さんの話に耳を傾けることができたのです。そして、さっそく、織りの現場に行くことに。それがきっかけとなり、織りとのつきあいが始まりました。博多織には、京都の西陣織と同じようにジャガード機というメカニズムが用いられ、経糸を上げ下げする操作が「紋紙」というパンチシートによってデータ化され、文様が織り込まれていきます。まさに、デジタルの「0-1」思考が文様を生みだしていたのです。また、数千本の糸が絡み合う博多織の織機は、その胴体も大きく、メカニズムも複雑で、織師の両手両足の反復する動きによって織機全体が躍動感に溢れて駆動します。そして、織機に近づいてみると、さまざまな箇所から独特の「ふるえ」のパターンをみいだすことができるのです。われわれが耳にするのは、織機全体が発する音ですが、このような個別の場所から「ふるえ」だけを取り出すことができないだろうかと思い、織機の胴体にダイレクトに数個の振動センサーを付着させて収録してみました。

織りの機音から舞台作品をつくる。このような着想から実際の作曲作業が始まったのですが、そのために、なんどか宮嶋美紀さんの織りの工房を訪ね、機音の収録作業を行いました。織機の腕木や分銅、ペダルなどにセンサーをつけてみる。すると、宮嶋さんの反復運動に呼び出されるように、さまざまな振動パターンがコンピュータのディスプレイ上に波形として写し出されていきました。それらの波形は、博多織の文様のようにみえてきたのです。不思議でした。これらのさまざまな波動をもとにして、「曼荼羅」というコンセプトを作品のなかに持ち込んでみました。つまり、織りの鼓動としての機音が中心となり、曼荼羅という秩序のなかにあらゆる事象が関係づけられるような舞台を構想してみたのです。そのときに、宮嶋さんによる日常的な「織りの時間」をそのまま舞台上での時間に設定してみました。その切り取られた1 時間ほどの機音のなかには、宮嶋さん自身の身体的な状態や無数の糸と織機との関係、織機が置かれた環境の変容など、じつに、さまざまなものが包含されています。この1 時間ほどの機音のシークエンスに基づいて舞台上でのパフォーマンスが展開していきます。まず、機音が曼荼羅の舞台からきこえてきます。その機音の律動は中央に据えられた銅鑼の響きによって写しとられていくのですが、その銅鑼の一音一音は、じつは、宮嶋さんの呼吸の間合いであり、その呼吸に合わせながら、舞は、対称のかたちを保持しながら、舞台に「舞の刺繍」を施していきます。そして、四方に置かれたガムランは、織機のさまざまな箇所の「ふるえ」を金属の響きに変換させ、東西に座す一対の笙は、十七管の円環の竹を「響きの曼荼羅」にみたて、一菅ずつに息(気)を与えながら、舞台を響かせていきます。さらに、経糸に見立てた二面の箏の絹糸は、「響きの曼荼羅」となった笙の音に彩色を施していきます。

このような舞とさまざまな響きが曼荼羅の東西南北の四つの方位を一巡したあとに、《植物文様》という音楽が演奏されます。機音のゆったりとした律動にテンポを合わせ、植物の電位変化のパターンから生まれたメロディの一節がひとつひとつ織り込まれていく。そして、織姫伝説の七夕(棚機)の起源でもある古代中国の乞巧奠の祭壇のようにみえる舞台の前庭では、「棚機女~たなばたつめ」の化身となった二人の舞が「巫女舞」をカミに献上して「織・曼荼羅」は終わります。

7月20日-21日

録音①

9月11日

アクロス視察

9月20日-21日

録音②

10月2日

布投影実験

12月13日-15日

仕込み、リハーサル

織り手から見た「織・曼荼羅」

宮嶋美紀氏に聞く

伝統とは

伝統という言葉は、一般には「古臭くて高価で、自分にはわからないもの」という認識で捉えられがちだと思いますが、私はまったく逆なんです。伝統というのは日々の人間の生活の中で使われて残されていったもの、ただそれだけです。博多織は、1236年に博多の商人が中国に渡り、6年間勉強し、技術を修得して帰ってきて伝えたと言われています。来年で、博多織が始まって777年ということになるのですが、それはあくまで一説で本当にそうかは誰も知りません。最初は、私もどうしてこんな柄ができて、誰がどんな思いで残してきたのか、なぜ残ってきたのかを本当に知りたいと思って色々と調べていました。しかし、こうやって織り続けていくうちに、いま博多で生きている人たちを見て、昔と変わらないのではないか、これからも大しても変わらないのではないかと思うようになってきました。昔にも藤枝先生みたいな人がいて、今回の「織・曼荼羅」のように何かを伝えようとした、残そうとしたのではないか、つまり今やっていることがそのまま伝統であることにつながると感じています。伝統に関わる人間は今だけを見ることはないと思います。自然と過去を振り返る。振り返ってみると結局同じことの繰り返しなんです。いつの時代も、もっとやらなければならないと思う人が出てきて、どんどん新しいチャレンジをしてきた。私も今は自分が何をするべきかを体感しながらやっています。

 

機音の振動の収録について

今回、織の音を録っていただいたのですが、最初は何がいいのか分かりませんでした。なぜこの音を収録するのか、普通の空気を伝わる音なら分かるのですが、織機の振動を録るというのはどういうことなんだろうと。記録していただいた波の画像を見ても自分の音はこんな音なんだと思うくらいだったのですが、たまたま自分がとても疲れているときに収録があって、そういう状態で織るというのは自分をむき出しにすることだと実感しました。そこを通過した上での話ですが、振動はもしかしたらものづくりの根本にあるのかもしれないと思うようになりました。博多織はたくさんの糸を使いますが、緯糸は細い糸を13本合わせて、それを1本の「緯糸」として織り込んでいきます。合わせた緯糸は、織る前に1週間ぐらいは寝かせた方が良いのですが、すぐに使わなければいけない時もあって、そういう時には振動を与えれば良いんじゃないかと感じています。これは持論でまったく感覚的ですが、最近自分の手で糸をポンポンと叩くとすぐに整うと思っています。織り上げた生地を見ていっても、何となく変わっていくのが分かるんです。湿度などの影響で収縮することはありますが、それだけでなく、何か糸と糸が合っていくような現象を感じることがあります。

9月の収録のときに織っていたのは柄に癖がありました。ジャガード機が昇降する時にちょっと重たいところがあったのでやりにくかったのですが、不思議と柄に関しては織りやすくてそれが音に出たのかなという印象でした。柄によって身体への負荷や力のかけ方が変わってくるのかもしれないと思いました。そんなこと普段は意識していないし、同じ調子でなければならないと思っていたのですが、変わるということを良しとしてもいいのかなと、そのときに感じました。

1日に織れるのは3、4時間ぐらいです。1日中織る時もありますが、平均するとそんな感じになります。織るというときは、もう朝からイメージをしてどういう風に身体を使うかを意識しています。何も考えなかったらエンジンのかかりが非常に悪いですね。織るときには色々考えます。ただ一瞬すごく考えてしまうのですが、音のせいか、考えていたこと、悩んでいたことが、すっと糸がほどけるような感覚で流れていく気がします。織り手はみんなそう答えると思いますね。集中すると坐禅に近い感覚です。音が集中の入り口になりやすいということかもしれないですし、逆に集中していなかったら、音が乱れて、それがそのまま糸に出て、作るものに出てしまいますから。

【主催】九州大学ソーシャルアートラボ 【共催】公益財団法人 福岡市文化芸術振興財団 【後援】福岡県、福岡市、日本アートマネジメント学会九州部会

【協力】九州産業大学芸術学部黒岩研究室、博多織デベロップメント・カレッジ 【助成】平成29年度 文化庁「大学を活用した文化芸術推進事業」

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